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まだら工廠

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資料室開設

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長らくお待たせしました。Museo Storico 展示機の写真を「資料室」にて公開します。リンクのところからお入りください。
Museo Storicoは4つのハンガーを連結して、それぞれに時代区分を設けて展示しています。

Hanger TROSTER  黎明期~1910年代
Hanger VELO   1920~1930年代  
Hanger BADONI  1940年代
Hanger SKEMA   1950年代~現代

この区分に従っていない部分もありますが、概ねそのように展示していると理解してよいと思います。それぞれのハンガーに付けられた名称はイタリア語のようで実はそうではないらしく、意味はまだ分かりません(現在調査中)。また、展示機は必ずしもこの博物館に定置されているわけではなく、時期によって他の地方の博物館への貸し出しのために移動することもあるようです。

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今回撮影した機体が所蔵機の全てではありません。撮りこぼした機体もかなりあります。素人の撮影なので出来については平にご容赦。私自身、エンジンや機体表面に関心があるので、そうした視点から撮影しています。

おまけとして、空軍博物館から少し離れたブラッチャーノBracciano市と、そこの名所である中世の古城・オデスカルキOdescalchi(先日そこで映画俳優のトム・クルーズ氏が結婚式を挙げました)の写真も掲示しています。ダイオラマつくりのご参考にどうぞ(笑)。

公開に制限は設けていませんが、他所で引用される際には当ブログかメイルにてご一報頂けると幸甚です。写真の機種名に間違い等がありましたら遠慮なくご指摘ください。

E-mail: kagirohi零五五五@yahoo.co.jp
* 漢数字をアラビア数字に置き換えてください。

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Vigna di Valle, Museo Storico への道

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まだら工廠、イタリア呆けが治りません。
写真はのろのろと整理しています(正確な機種名を調べるのに時間がかかっています)。もうすぐ公開できますが、無制限で公開するか会員制で行うか思案中です(上の写真、私が写っていますが、さて、どこにいるでしょう?)。

きょうは同じくイタリア呆けの治らない妻が博物館へどうやって行ったかをかきます。これからイタリアに行ってMuseo Storicoのコレクションを見てみたい方、参考にして頂けるとうれしいです。

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Museo Storicoへ出発する日の朝。二人とも和服をきて出発です。ローマでの宿泊先のホテルのあるテルミニTermini駅から地下鉄A線に乗って、フラミーニオFlaminio駅でノルドNordo線に乗り換えました。地下鉄駅をでるとすぐ右手にノルド線の始発駅があるのですが暗いというかボロいといいますか。下の写真はホームの様子。これは夜の光景ではありません。

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乗り込んだ列車がこれまた古い。止まるときや出発時、またドアの開閉時に壮絶な音をたてていました。途中通過した駅もみな小さい汚れた駅でまるで2,30年前の日本のローカル線駅をみているよう。なかには駅名が落書きのペイントで塗りつぶされて見えないものもありました。列車の中では和装姿の我々に興味をもった初老のビジネスマンが「Beautiful !」と声をかけてきてくれました。

20分ぐらいしてサクサ・ルーブラSaxa Rubra駅で電車をおりると、目の前にコトラル社のバス・ターミナルがあります。(ちなみにサクサ・ルーブラ駅まではローマ市内切符の有効範囲なので最初のA線の地下鉄に乗る際に購入した切符でそのまま行けます)
我々の乗るバスは5番線だそうです(先ほど声をかけてきた方が我々の行き先を尋ねて、わざわざコトラル社のスタッフに聞いてくださいました)が、「何番線」という番号がわかる印は皆無です。

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(バス停に佇むコート姿の男性が列車の中で声をかけてきた人)

バスの切符は駅を降りたところにあるキオスクのような売店で2ユーロで購入。乗り込むときにバスの運転手に行き先の「MUSEO STORICO!」と降車したい停留所名「VIGNA DI VALLE!」を連発(英語はまったく通じない!)。すると必ず誰かが首を突っ込んでてくれます。運がよければ英語の通じる方が乗客にいる場合もあります。どうやらバス停のある場所VIGNA DI VALLEからは暫く歩かなければならない様子。バスは田舎の路側帯もないような狭い道を猛スピードで爆走。小一時間ほどしてバスの運転手および乗客が我々の方をみてなにやら「降りろ!降りろ!」と言っているらしく、線路脇の小さな踏切の停留所でバスを降りました。

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線路の踏み切り脇の標識には間違いなく「MUSEO STORICO」と書かれています。
しかしあいにくの天気で小雨がふりだしてきて寒さが身にしみてきます。おまけに列車は来ないのに踏み切りの信号は鳴りっ放しで遮断機は上がらない。
ようやく列車が通過して踏切が開き、ここから田舎道を博物館まで数キロ歩くことになることを覚悟しつつ、とぼとぼと小雨の中歩いていると何台かの車が我々を追い抜いて行きます。

と、そこへ、一台の車がこちらに向かってバックしてきます。「まさか!」と思っていると、なかの初老のご夫婦が「博物館行くんでしょう?乗りなさい」と言って後部座先の荷物をどけて乗せてくれました。雨が降り出して今日の運気は良くないなと思っていたところへ、まさに捨てる神あれば拾う神ありです。(ここからは)遠いよ!とイタリア語で話してました。あまりの展開に呆気に取られているうちに到着。ほんとうに助かりました。

“この人たちはきっと空軍博物館の方向に行くのだろう、それでついでに我々を乗せてくれたのだ”と思っていたら、なんと彼らは私たちが降りた後に元の道へ引き返してしまいました。これには胸が熱くなってしまいました。彼らを見送りつつ、空軍博物館のゲートへ。来訪の車が来たと思ったら、なかから突然見慣れぬ風体の外国人が現れたのでゲートの若い兵隊さんはびっくりしたことでしょう。受付ではパスポートの提示を求められただけで簡単に入場することができました。

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館内では撮影しながらの見物なので、妻は完全に待ちぼうけ状態。飛行機が好きでなければ恐ろしく退屈する場所です。館内にカフェや売店はありますが、博物館のまわりには何もありません。湖畔にあるせいか館内は寒く、妻はカゼをひいて次の日は一日寝込んでしまいました(正直ほんとうにすまんかった)。いまの時期は防寒対策をしっかりして行ったほうがいいと思います。


イタリア空軍博物館をたずねて

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重症のサボり癖がついてしまい、閉鎖の危機を迎えた(?)まだら工廠、
3ヶ月ぶりの更新です。

11月3日から9日まで5泊でイタリアに逝って来ました。

3年ぶりのイタリアです。見るべきところは無数にあるイタリアですが、
今回のお目当てはローマ市郊外ブラッチャーノ湖の畔にある
イタリア空軍博物館 Aeronautica Militare Museo Storico です。
そこにあるたくさんのイタリア機をこの目で直に見てくること。何年も前から考えていたことでした。

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イタリア空軍の施設ということもあり、オフィシャルな場所なので
なんと、きものを着ての訪問です。
どうやって行ったらいいのか、いろいろと調べましたが、
現地の情報に疎いため実はローマに着いてもはっきりしませんでした。
前日にホテルから博物館に電話をかけて、館内撮影時のフラッシュ使用の許可と最寄の駅を聞き出し、事前の予測との一致を確かめ、あとは儘よ!と電車とバスを乗り継いで目的地へ。

我々の身なりに興味を示した現地の人たちと、怪しげな英語とイタリア語のちゃんぽんでコミュニケーションを重ね、彼らの善意に助けられて念願の空軍博物館にたどり着きました。

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博物館の中は時代を追って機種を整理・展示してあり、想像以上にきちんとしていました。コレクションは増えつつあるようで、博物館はとなりのハンガーにも繋がっていました。
レストア中のSM79が完成した暁にはまた増築して、横に伸びてゆくのでしょう。
イタリアで生産された全ての飛行機が納められているわけではないですが、それでもイタリア航空史を飾った主な機種はだいたい揃っており、とにかくものすごい数です。

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国産機ばかりではなく、スパッドⅦやスピットファイアMk.9、P-51Dマスタングなどの外国機もあって、これは望外の収穫でした。とくにスピットファイアの主翼は、Vcの製作でさんざん泣かされたところでもあるので、長い時間見入ってしまいました。スジボリなんて48クラスでも要らないのではなかろうか?と暫し考えこんでしまう。

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館内は閑散としていましたが、それでも親子連れやカップルの見学者も訪れていました。
デジカメで百枚以上撮影してきましたが、これらは後日整理して資料室を設けてそこに掲示します。

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滞在中にテルミニ駅のなかの書店で買った本。
ほかにもいろいろあったけれど、当座ほしい(製作中のキットの資料になりそうな)ものだけを手に入れました。一番気に入ったのは、現在のイタリア空海軍機の写真集“Custodi dei Cieli”で(航空ファンでおなじみの徳永克彦氏が序言を寄せています)、惚れ惚れするような美しいショットの連続です。

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館内の売店にはたくさんの書籍とイタレリのキットが積んでありました。イタリア空軍の熱意が伝わります。帰りに所蔵機の目録があれば買おうとしたけど、なぜか閉館前に早々と閉店。それにしても、あれだけのコレクションを維持して、かつレストア作業を続けていくのには、たいへんな費用がかかっているんだろうけど、さすが軍の施設だけあって入場料はなんと無料です。

あれも撮っておけばよかった、これも撮っておけばよかったと後悔する部分もあとから次々と湧いてきて、戻せるものなら時間を元に戻したい思いでいっぱい。
いつになるかわからないけど、いずれもういちど訪ねようと思います。交通の便がよいわけではありませんが、イタリアで飛行機浴したい人には絶対におすすめです。

東の靖国神社、西のヴァチカン

靖国神社に参拝してきました。
起床してすぐ、小泉首相が公約どおりに参拝を行ったとニュースで知りました。
これはかなり荒れるかも知れんなあ、夫婦揃ってきもので行くから外国メディアに「絡まれる」かもよ?と期待しつつ九段へ。

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神社はたいへんな人の賑わいで、境内はごらんのとおり、人、人、人、人。拝殿へたどり着くのに30分近くかかりました。毎年8月15日はこんな感じらしいのですが、周囲には「百人斬り訴訟を支援する会」などの市民運動の署名ブースもありました。
さいわいにも天気は小雨がぱらつくものの曇り。蒸し暑かったですが、もしも天気がカンカン照りだったら倒れる人も出てたいへんなことになっていたでしょう。

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帰りは銀座に寄って冷菓をたべて履物で疲れた足を休めました。
帰宅後、マスコミはどう伝えているかテレビのニュースをいくつかチェックしましたが、首相の参拝のことと反対派のコメント、加藤紘一・元自民党幹事長宅火災(なんだか胡散臭い)のことばかりで、肝心の境内の様子を映したものは余りありませんでした。神社発表では一日で25万人が参拝に訪れたとか。あの熱気には、東京裁判史観の呪縛から解放されて日本人が日本人の歴史を語り始めようとする、おおきな地殻変動のような力強さを感じました。国民の意識変化の様子を伝える映像こそが中国や韓国が最も恐れるところでしょう。

この靖国神社、戦後まもなくGHQが、日本軍国主義の象徴であるとして靖国神社の消滅を企図しました。しかしこれに待ったをかけたのが、ヴァチカンのローマ法王庁でした。ヴァチカンは東京に使者を送り、GHQに計画の中止を説得。そのおかげで今日の靖国神社があります。
そのローマ法王庁、現在は「中国カトリック愛国会」をめぐって中国共産党と鋭く対立しています。
日中戦争が始まってまもなく、当時のローマ法王ピオ11世は全世界のカトリック信者に向けて、日本が中国大陸で戦っている相手は共産主義者であり世界のカトリック教会は日本を支持し協力せよ、との声明を発したとのこと。あまり知られていませんが、中国共産党にとってローマ・カトリックは不倶戴天の敵なのです。

東の靖国神社と西のヴァチカン、ふたつは今も昔も中国に突き刺さった楔のような存在なのかもしれません。

靖国神社・遊就館へ

先週の土曜日、九段の靖国神社に行ってきました。

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今年のお花見どこでしようか?と考えていると妻が突然、
「靖国神社の遊就館に行こう」と言い出しました。
日本は中華思想との抜き差しならぬ対決を避けられない、とふだんから考えていた私たちなので、靖国に行くのは自然な成り行きなのかもしれません。まだ靖国に行ったことのない妻は、「そんなに中国・韓国から文句をつけられる所なのか?まずは自分の目で確かめよう」という気持ちから遊就館に行こうと思ったようです。敬意を示すために、きものを着て行きました。

いろいろと都合が重なって桜のシーズンには間に合いませんでしたが、それでも境内には紅白の八重桜がまだ咲いていました。

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館内は若い人や外国人が多く目に付きました。皆、神妙な面持で展示物に見入っていました。私たちが着いたのは午後遅くで見物は駆け足になってしまいましたが、いつのまにか妻はデジカメにいろんなものを収めていました。

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零戦52型

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桜花11型

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彗星12型

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97式中戦車チハ
妻いわく「やわらか戦車」

展示品の中で彗星12型を間近で見ることが出来たのは収穫でした。機体の表面をみながら「モケーに死に物狂いでスジボリ彫るのっていったい何なのよ?」と感じました。薄い板の重ね貼りといった感じで、凸でも凹でもない、もっと別の発想で捉えないと日本機のディティールは得られないんじゃなかろうかと考えていました。

あっという間に閉館時間。さいごに拝殿へ参拝しました。外国の人も手を合わせていましたよ。今度はゆっくりと時間をかけて見物をしようと思います。

あえて誤解をおそれずにいえば、神社というより宛らアミューズメント、教育施設です。初代の遊就館は明治期にイタリアの建築家の手による洋館として建てられました。なんと神社の境内に西欧建築です。ヨーロッパのサーカスの公演も頻繁に行われていたとのこと。この娯楽性、いま開催中の奉納プロレスにも息衝いていると感じます。今を生きている人間が国事に倒れた人々と対話できる空間として、政治とは切り離して捉えなおす機会が来ているように思いました。日本人として、神社参拝の作法を身に付けるのにも良い場所です。


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